闇深きそのカラクリを解き、素晴らしき自己実現を背面跳びで笑え。
はじめ、そこは見渡す限り暗闇だった。 自分がどの方向を向いて進んでいるのかすら解らない。 出口はおろか、入口さえも見失ってしまうほど、そこは、ただあまりにも真っ暗な闇だった。 僕に与えられた猶予は三か月余り。 もちろん断ることもできたし、誤魔化して済ませることも容易だった。 それなら何故、僕はこうも厄介な暗闇を手さぐりで、なおもフラフラと彷徨っているのか? 答えは簡単だ。 自分の人生をもう少し味わい深いものにしてみたかった。 知識は素晴らしい財産だと人は言う。 ならば、その財産をもっと具現化してみたいと思ったのだ。 しかし、だ。 想像以上に、その闇は深い。 着地点は既に決まっているはずなのに、その過程は思いのほか複雑だ。 フラスコの中を泳ぐ、化学反応のカラクリ。 無限の組み合わせを、僕はくりかえす。 くりかえす・・・。 くりかえす・・・・・。 その処方箋は、睡眠時間と反比例しながら、膨大に増えていく。 いたずらに、ただ増えていく。 その昔、パブロ・ピカソは云った。 「芸術とは、妥協の産物なのです」 つまり、どこかで妥協しないと、その作品は決して完成しない。 どれほどの傑作でも、それを手掛けた人間は、どこかで筆を置く決断に迫られていたのだ。 しかし、これは芸術ではない。 【契約】だ。 妥協しては終われない。 美容師としての誇りなんてものは、はじめから持ち合わせてはいないが、いくつになっても憶病なんだなぁ。きっと。 そして例の如く、今夜もアスファルトの上で唱える。 スバラシイ。スバラシイ。スバラシイ。 ★★★★★★★★★★ 某企業に、シャンプーとトリートメントの製造プロデュースを依頼されてから、既に一ヶ月が過ぎた。 これ以上のものは無い!と胸を張ったところで、決められた製造コストの上限をはるかに超えてしまう。 そして、やり直すことに慣れてしまうと、今度はいつの間にか出来上がってしまった、自分設定のハードルがやけに高く感じてしまうのだ。 どうせ、やり直すならこれくらいは飛ばなきゃ駄目だ。 つまり、そんなふうにして暗闇の中をハードルはさらに上がっていく。 今夜も、様々なタンパク質や活性剤は、その姿を巧みに変えながら、優雅にフラスコの中を泳ぐ。 そんな世界を覗き見ながら、アルコールを口に含む。 美容業に携わる者としては、あり余る光栄だ。 これ、やりきったらご褒美にハミングバードを買おう(苦笑) それに、新しい自転車も。