大脳辺縁系海馬に於ける記憶の復元は、きっとモコモコだった僕の深層的敗北。

2010/03/12

2010年3月10日、深夜5時。

 

 

皿に盛られた大量の牧草をハムハムと平らげ 満腹になった僕は、布団に横たわることにした。

 

 

僕には、まくらなど必要ない。

言うなれば、僕の頭は全方位まくらだ。

 

 

それからしばらくして目の中に妙な異物感を抱き、暗闇の中を洗面所へと向かう。

 

それも四足歩行で。

 

 

 

やがて洗面所の鏡台に立ち、明かりをつけた。

 

 

 

 

すると、その鏡の中に映るのは、見慣れた僕の顔ではない。

 

 

 

切れ長の白目の中で、横になった長方形の黒目。

 

 

 

 

プギャァァアアァァー!となって目を覚まし、ようやくそれが悪い夢だったと知る。

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

 

【思い出す】という意識の作業は、まず、その重く錆びついた記憶の扉を ノックすることから始める。

 

 

 

コン、コン、コン。

 

 

しかし、アルコールに混濁されたサイケデリコな真夜中の意識にそれを求めても、その扉の向こうにはゆったりとした沈黙が漂うばかりだ。

 

そして、そんな時に於ける多くの場合、 どれほど強く乱暴にノックを繰り返したところで、 大脳辺縁系海馬に横たわる脳内記憶フォルダからの返答はおよそ期待できない。

 

 

さっさと諦めて布団におさまるのが賢明な選択だろう。

 

 

 

 

しかし、その夜は違った。

 

 

 

 

どこかの町で偶然に出くわした古い友人が唐突にそうしてくるように、 遠い過去の記憶のほうから、不意に僕の肩を叩いてきたのだ。

 

 

「ハロー、久しぶり。覚えてる?」な、感じで。

 

 

つまり、そんなふうにして【思い出す】のではなく、 不意に【触れて】しまった記憶というものは、 やはり容赦なく僕の意識を無遠慮に這いまわり、 その歴史を縦横無尽に復元させていく。

 

 

 

 

 

 

【脊椎動物門 哺乳綱 ウシ目 ウシ科ヤギ亜科】の動物。

 

 

 

 

 

一見すると、さてウシなのか、ヤギなのかよくわからない。

 

 

しかも、その実体はウシでもヤギでもないのだから驚きだ。 

 

 

 

しかし、この物語のもっともストレンジな部分は、そんなややこしい点ではない。

 

むしろ、そんなことは、靴底の汚れが気になる程度に些細な事なのだ。

 

 

 

 

 

 

ただ、そいつが僕の前世の姿だったという、わずかな点を除けば・・・。

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★

 

 

 

 

今からおよそ10数年前、僕はフリーランスでヘアメイクの仕事をしていた。

 

 

映画やドラマや雑誌やモデルやタレントばかりが、仕事場や仕事の対象であるなら、それはさぞかし華やかであっただろうが、そんな仕事はわずかばかりで、ショーパブやSMクラブのイベントやアダルトビデオのスチール写真やアングラでデンジャラスなクラブイベントなんかが主なワーキングエリアであり、僕の収入源の大半だった。

 

 

 

 

なんとなく、やさぐれた者に特有の不気味な影を僕の中に見たならば、きっとそのせいに違いない。

 

と、思う。 

 

 

まぁどうであれ、その頃の僕の仕事に対する許容速度といったら亀よりも速く、 その許容範囲は東京ドームのピッチャーマウンドよりも広かった。

 

 

与えられた仕事には嫌な顔ひとつせず、心の一番やわらかい場所で中指を立てながら、 それでもせっせと仕事をこなす毎日だったのだ。

 

 

 

だからその夜も、新宿区歌舞伎町の一番コッテリしたエリアで文句も言わずテキパキと仕事を終え、呑まなきゃやってられないモードに堕ちた僕らは、当時アシスタントをしてくれていたS君とヌードモデルのK嬢とカメラマンのYさんと4人で、血中アルコール濃度が飽和点を迎えるまで呑んだくれていた。

 

 

 

 

数時間後、ぐったりとピヨったS君を無理やりタクシーに乗せ、終電を失くした僕とK嬢とYさんの3人は、まるで産廃場のように散らかった歌舞伎町をねり歩きながら、始発電車が出るまでその退屈を持て余し、やがて不意にその場所で足を止めた。

 

 

【歌舞伎町 街角易者 前世占い】

 

 

見るからに怪しい、いや、どちらかといえば、見るからにややこしい佇まいの僕ら【泥酔御一行様】を発見するなり、その占い師は自分の身に降りかかる災難が通り過ぎていくのをやり過ごすかのごとく、条件反射的に顔を伏せた。

 

しかし残念な事に、その「私の事はスルーして下さい」なオーラが、かえって僕らの目を引き、酔っ払い特有の「なんか面白いことないかなぁ」なアンテナにビビビッと受信されてしまったのだ。

 

 

 

 

まず最初に絡んでいったのは、ヌードモデルのK嬢だった。

 

 

結婚とか、恋愛とか、おそらくその類の甘酸っぱい相談を一方通行で始め、迷惑そうな様子の占い師に構うことなく悩みをぶちまけた。

 

 

やがて、ここにはとても書けないような超デリケートな話にまでそれが及んだ時、ちょっと大人なYさんが、酔っ払いのヌードモデルには効果てきめんの言葉でようやくフォローに入る。

 

 

「Kちゃん、分かるよぉ。うん、うん。ちゃんと分かるよぉ。それも分かってるし、それだって分かってるよぉ~。」

 

もう、まるで呪文。

 

本当のところYさんに分かっているはずもないのは明らかで、まだ純粋純朴で春の新キャベツのようにみずみずしかった当時の僕からしてみれば、そんなYさんの欺瞞はダメでエロずるい大人の、典型的なお手本にしか見えなかったが、K嬢はまるで催眠にかけられたように泣き始め、

 

 

「ふぇ~ん。ありがとぉぉ~。Yさ~ん。ふぇ~ん。」

 

 

なんて感じで、 その甘酸っぱさは、ついに頂点を迎えた。

 

 

そんなイタいイタいふたりを置き去りに、その隙をつくようにして僕は占い師に尋ねる。

 

「あの、僕の前世って何ですかね?」

 

 

 

その時の占い師の顔ったら。

 

 

酔っ払いに絡まれて迷惑な様子でいっぱいだった表情は数瞬でガラリと姿を変え、 まるでモグロフクゾウがドーン!ってするみたいにして、自信たっぷりの顔で僕に突き付けたのだ。

 

 

「あなたの前世はヒツジよ!ドーン!」

 

 

もう、超こわい。

 

 

心の中で「ひゃー」ってなりながら 冷静をよそおう僕に構うことなく、K嬢とYさんは高笑いの泣き笑い。

 

「たしかにUSUくんってヒツジっぽーい。あと、ブロッコリーっぽくもある」 と、のたまったヌードモデルの酔っ払いK嬢をババチョップで黙らせ、僕はその不穏な宣告から逃れるようにしてその場を後にした。

 

 

 

 

その数分後、「USUくんを追いかけるふりして、Yさんのこと、おいてきちゃった。てへ★」というK嬢のガムシロップのような甘い連絡を受け、純粋純朴な春の新キャッベツが×××で×××になっちゃったんだけれども、それはまた別の話。

 

 

 

 

 

それから数日後。

 

 

 

 

自分の前世がヒツジだと知らされた人々が、たいていみんなそうするように、 僕も例外なく【彩の国ふれあい牧場】を訪ねることにした。

 

 

 

 

牧場につくと、ウシやらヤギやらがワラワラと放牧させていたが、彼ら(あるいは彼女ら)と、僕はまるで関係ない。

 

 

僕が会うべき【脊椎動物門 哺乳綱 ウシ目 ウシ科ヤギ亜科】の動物は、そんなウシやらヤギやらのように、真っ昼間から素っ裸で牧草をハムハムとしているような下衆な動物ではないのだ。

 

 

 

あたりを見渡すと、放牧された白いモコモコの集団が「うわぁ~汚ったねぇ~」と罵られながら心ない子供達に追い回され、とても真剣な様子で逃げ回っているのを見つけた。

 

 

 

やがて、逃げ遅れて集団から外れた一匹の白いモコモコに、僕はそっと忍び寄る。

 

 

 

見るからにフリーウェイでファンキーアフロな僕と、汚れた白いモコモコ。

 

 

 

 

確かに妙なノスタルジーを感じる。

 

 

 

白いモコモコが僕ではなくて、僕が白いモコモコではない事実が、不自然にすら思えた。

 

 

 

 

 

対峙した瞬間に、まるで心まで通い合うような心地良い錯覚。

 

そのゆったりとした生き様に、果てしなくつのる羨望感。

 

そして、生き別れた家族に再会した時のような僕のドキドキが、 白いモコモコのドキドキと重なる頃、 モコモコの放つ「おい。紙を食わせろ」な視線が大きく熱を帯び、 先っぽだけ覗いたおもしろ前歯のわきから、生臭いよだれが滴り落ちた。

 

 

 

 

とても穏やかで柔らかい時間が僕とモコモコの間に横たわり、 日差しがさらに強く、僕らを照らす。

 

 

 

 

 

まさに、その時だった。

 

 

 

 

見るべきではないものを見てしまった時のような、後ろめたい背徳感。

 

 

 

強い日光を受けたモコモコの瞳孔が、キューンって。

 

 

 

 

それも、イラスト化されたヒツジに特有の、 あの可愛らしいお馴染みのウルウル黒目とは、まるでほど遠い。

 

 

 

 

ちょっと汚れてて、切れ長の黄色い白目の中に、横になった長方形の黒目。

 

 

 

 

それがキューンって縮んで、なんかもう黒い直線みたいになってるの。

 

 

 

 

 

もう、超こわい。超こわいし、超きもい。

 

 

 

 

 

その直後、ゾクゾクする全身を擦りながら、 モコモコにお別れも告げず、一目散に逃げ出したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

★★★★★★★★★★

 

 

 

 

 

つまり、そんなふうにして【思い出す】のではなく、 不意に【触れて】しまった記憶というものは、 やはり容赦なく僕の意識を無遠慮に這いまわり、 その歴史を縦横無尽に復元させていく。

 

 

それが、忘れたいものであっても、忘れてしまったものであっても、 僕の都合は、まるで関係ない。

 

 

 

もちろん、その思い出が甘酸っぱいものであろうが、ほろ苦いものであろうが、たとえ×××が×××であろうが、やはり僕の都合は関係ないし、それに対抗するすべも待ち得ないのだ。

 

 

だから悪夢によって復元されたその思い出を手がかりに、 ヒツジと交錯するように再び姿を現したヌードモデルのK嬢が、 昨夜からずっーとずーっと僕の意識の中で、 まるで生クリームみたいに悪戯な笑顔で笑いかけてくるたび、 あんな事もこんな事も、とにかく余計な事まで思い出してしまうのだけれども・・・。

 

 

 

 

それはまた別の話。

 

 

 

 

Please comfort メェー!

 

 

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